第3回

第 3 回

                                       須 永  慶


「 東 宝 芸 能 学 校 」



何しろ今から三十九年も前の事なので定かではないが

確か当時の東宝芸能学校の授業は

演技ⅠとⅡの二つの演技コース、演劇概論、日舞、モダンダンス、古典バレー、

声楽、ジャズ、殺陣

といったカリキュラムが用意されていたと思う。



さて新しいクラスは〈一組〉〈二組〉〈三組〉の三クラス。



新入生の私としてはどういう割り振りをされてどんな人と一緒になるのか

期待と不安が交錯しましたが〈二組〉になっていました。

どのような基準でこのような三つのクラスに分けたのか又何故私が二組なのか、

結局分からなかった。



恐らく、これからどんな方面で活躍したいのかという

「将来の希望」と「年齢」でクラス分けしたんじゃないか?

という噂が流れたが学校側に聞いたりちゃんと話合った記憶はなく、

この辺の真相は明らかではない。


生徒の構成は、中学卒業後直ぐ上京してきた者から

既に社会人として数年生活してきた者迄、

又南は沖縄から北は青森迄、

それこそ全国各地からいろんなタイプの人間が集まってきているので

暫くは各クラスともバラバラ。

まともな会話は出来る筈も無かったという次第である。


確か三組に中国から来た可愛い双子の女の子がいたと思うが一体今は何処で、

何をしているのだろうか・・・。




 ふと隣を見ると、


若いんだけど老け顔でどう見ても太めにしか見えない女の子に

将来の希望について何となく聞いてみると

『女優にもなりたいし、ダンサーにもなりたい!』

という・・・

『え?ダンサー・・・』

と思わずつぶやいてしまった。不覚にも驚いてしまったんです。

イヤー、ご免なさいッ!




 ある日、バレーの授業の初日のこと、


みんな初めてタイツというものを身に着けて鏡のある部屋に集合しましたが、

男女ともお互いに部屋の隅に距離を取って小さく固まってしまった。

暑くもないのに額に汗を浮かべている者が居たりして

・・・あんなに何時もはガシャガシャしているのに・・・

今思うと実に初々しく懐かしさと共に可笑しいこととして思い返されます。 



 こんな事を繰り返しながらも同じ目的を持った者同士の集団というのは素晴らしく、

毎日の生活を通してお互いに少しずつ分かり合い

自然に溶け合って仲良くなっていきました。


各クラスにも年齢を超えてカップルも出来たりし、

変わった人達で作られる面白い、

独特の雰囲気が漂う学校になっていきました。



 かなり癖のある、あくの強い人も居て

この中で目立つのはある意味では大切なのかなと思ったものです。


 そういう人達の中でナヨナヨっとした、

中性っぽいそして結構お洒落な服を何時も着てくる

変わった感じの男の人が居ました。


名前は立石由一クン。


和服の気付けにも慣れている感じで我々男性陣が苦手としていた日舞も

それなりに出来、

どこか遊びの雰囲気も持っている、

それでいて授業には何時も真面目に出てくる、そういう人でした。



この人についてものすごく驚いたことがあります。



それまでにも私の人生において驚いたことは何度もありましたが

この時程驚いたことはなく、

本当に驚愕くとはこのことだと思いました。



次回はこの事について書こうと思います。